ストライカー物語

1936年、当時の医療器具が患者 のことを考えたものでないことを実感していた一人の医師がいました。 それが米国ミシガン州カラマズー出身の整形外科医、Homer Strykerです。博士は手術後動けない患者さんのために、体の向きが変えられるようにベッドを回転させ”Turning Frame”を考案しました。

昭和30年代半ばから輸 入専門商社として20社以上のメーカーと直接取引を行っていた(株)松本医科器械と Stryker Corporation は、“ギプスカッター(電動ギプス鋸)”を通じて出会いました。(株)松本医科器械は当時の国内医療器械卸としては、全く新しいタイプの卸として、大阪の業界に着実に地歩を固めていました。

それというのも (株)松本医科器械では、商品が入荷されると一品一品厳重に検品し、油を差し、ラベルを貼り、梱包した上で、SMCO印の商標を付し、顧客から最高の品 質、満足な価格で信頼を得ていたからです。ちなみに、このSMCO印の商標は実に43年に渡り、同社の信用のシンボルとして使用されていました。

1993年の(株)松本 医科器械へのストライカー社の資本参加を機に互いの協力関係を強め、ストライカー社が(株)松本医科器械の株式51%を取得した1994年、(株)松本医科器械はストライカーグループの一員となりました。 ストライカー社の日本における事業拡大は(株)松本医科器械との協力関係なくしては、あり得ませんでした。

1998年12月、スト ライカー社が米ファイザー社よりハウメディカ社を買収し、日本法人として日本ストライカー株式会社が設立されました。 ハウメディカ社は、1928年に歯科技工士Reiner Erdle博士とエンジニアMr. Charles Prangeが共同で歯科用金属材料研究所、Austenal Laboratoriesを設立したのが始まりです。

当時、歯科医師や患者が 義歯に関する悩みを抱えているのを知っていたのでaustentiticと呼ばれる箔状のステンレススチールを導入たことをきっかけに、1929年、彼ら は完全に不活性で組織の副作用を喚起しないバイタリウム合金を考案したことで、新素材、新技術を導入したカスタムプロダクツの製造業者としてさらに成長を 始めました。

その後、1951年の人 工骨頭の発売を機に整形外科分野において飛躍的な成長を遂げ、1981年に革新的なP.C.A.人工膝関節システムを開発し、市場のリーダーとなりまし た。 ハウメディカの歴史は時代の先端を常に追い求める“first”の歴史に他ならないものでした。 時を同じくして1999年に(株)松本医科器械の株式を100%取得、ライビンガー事業部をインターメド社から受け継ぎ、7月(株)松本医科器械と日本ストライカー(株)が統合を果たしました。

今日、3つの異なる文化 が見事に融合を遂げた背景には、(株)松本医科器械の企業理念でもあった“医療に貢献、社会に奉仕”という相通じる共通の理念があったからといえましょ う。 また世界の医療業界をリードする企業でありつづけているのは、革新的な新製品の開発、常に優れた付加価値サービスを世に送りつづけてきたこと、そして何よ りも創始者であるストライカー博士の理念を受け継ぎ、今も支えつづけている多くのスタッフの存在があるのです。